Day-40(22)/2022.8.30火/播磨〜堺・大仙古墳〜滋賀大津〜尾張一宮

朝6時、動き出し。
昨日は道の駅到着後、疲労で即寝だった。
今も、本当はすぐにでも出発したいが、
昨日の旅メモ等、準備しないと
軽く記憶から飛んでしまう。
屋久島後、パソコンが壊れ、
色々考え、軌道修正。
今日を2022年の夏旅の最終日とした。

ノートパソコン。鹿児島の船旅日程上、
数日間、貴重品を放置せざるを得なかった、
マイカーで車上荒らしを恐れ、
持ってきても使わないだろうなと
踏んでいたにも関わらず(実際未使用)、
あえてリュックにノートパソコンを入れて
持ってきたら、そのパソコンの方が壊れた。
完全なる逆張り。ついてない。
そして、このパソコンは
毎日の旅写真と映像のデータ保管庫にも
していたのだ・・・。

さすがに、このトラブルは
放置すると旅後の仕事にも影響が大きいし、
写真データの保管先に余裕が無い。
今まで撮り溜めた西日本の旅写真も
今回のトラブルで飛んだ可能性すらある。
本当についてない。こんな終わりを迎えるとは、と
矛先が無い不満すらある。
こればかりは、仕方がない。

とりあえず、今回の目標の一つとして掲げていた
生前に「全都道府県の踏破」はお陰様で、済。
この西旅においても、一大イベントとして見ていた
長崎&五島列島の訪問、屋久島の縄文杉一連も
無事に辿り着けた。
これで良しと、満足するしかない。
これでいいのだ。

そもそも、約40日の長旅にもなると、
途中で自身の関心の深部に気づいてくる。
今回は一人旅だし、
個人的に事前に興味を持った所しか、
ルートには入れないにも関わらず、
嗜好はより先鋭化していったのを体感した。

今回、元々は旅の終盤は、
紀伊・奈良・京都の訪問先で
占められていたが、天の巡り合わせか
立ち寄りには不利になった。
関心の矛先は、単に寺社では無いようだ。
これはよくよく考えれば、今に始まった事でもない。
ちょうど良いのかもしれない。

色々と思った後、本日のセットへ。

スタートは「道の駅みつ」から。
早速散策。ここはかなり小規模の道の駅。
美津町という場所。平成の大合併で
たつの市の領内ではある模様。
ここも「日本遺産」とされている。

この旅で「日本遺産」なる
タイトルをかなり沢山見た。
全然詳しくは無いのだが、
何度も何度もロゴ入りで
見るものだから、記憶には残った。

「世界遺産」まで行かずとも、
この冠でも観光地を盛り上げるに、
一つの手立てとなるのだろう。

もちろん、素人目に
学校の授業や何かを通じ
目・耳にした事があるような
場所が多いので、私のような
俗人的感覚からしても相当の、
歴史的・文化的価値があるのも
間違い無い。

後に調べると、世界遺産への認定は
相当難しいものらしいから、
その中間的な認定・勲章が必要になるのも
想像・理解に易しい。

世界遺産でなくても、
日本には良いとこたくさんある事、
今回の旅で重々分かったから。

逆に、この手のパッと見の雰囲気で分かりやすく
俗っぽい話題作りをしないと、
大衆は知る機会・訪れる機会が激減するような、
二極化も感じる。

情報化社会の影響で情報の量が多過ぎ、
もはや対象との接点の数や、掛けれる時間に
限界があるんるんだよな、というのが肌感覚。
人は娯楽に肥えすぎて、飽き足りる節もある。

ここ「道の駅みつ」もシンプルに絶景。
いい時間に、いい場所にいて、
ちゃんと意識を傾ければ、
誰もが知る名所とされてない場所でも、
自然の息吹は感じ取れる。
それは自分次第と再認識。

9時半過ぎ、ようやく準備完了。
スタートへ。

兵庫・神戸近辺になると
ガソリン代がリッター155円台も発見。
ここまで金額が変わってくると、
住む場所探しにも影響せざるを得なくなる。
車生活していると、ガソリン代の易しい額面は重要。

このルートにおいて、
加古川エリアは恐ろしかった。
高速道への出入り口は大渋滞。
百メートル歩かないかの短距離ながら
ほぼ進まない。信号の右折設計が悪い。

神戸の六甲山・播磨辺りは
東の堺に向かうに直線で良いルートが無い。
海岸線迂回か、三木市辺りの山側迂回か、
という具合だった。

大阪真ん中の都会っぽい道を越え、
14時に大仙公園へ到着。想像以上に渋滞だった。
ここは高速道路を使うべきだったと、
後々にちょっと反省。ここの影響で、
次の目的地のOPEN時間に間に合わなかった。

大仙公園 だいせんこうえん
大阪府堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁目204

ここは一般的には、
「百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群」
と呼ばれるエリア。正直面食らう。

具体的に何かというと、
日本の歴史に影響を及ぼした
大昔の有力者の巨大な古墳(墓)が
たくさんある一帯、と理解すれば
理解しやすい。

「野山の中に古墳群がたくさん」
といった1施設ではなく、
大阪府堺市は大都会なので
大都会の日常生活の中に、
昔ながらの古墳群があるよという
イメージでようやく実感ができる。
百舌鳥という地区と、古市という地区に
特に集中して古墳があるよ、という感じ。
どうしても遊園地やデパートに代表される
巨大で単一な特定施設ではなく、
「日常生活部も含めた一帯の地区」として
捉えないといけない。
この感覚は、この旅でだいぶん慣れたが
慣れないとイメージが湧きにくい。
百舌鳥と古市って、結構距離あるし。

何するにしても、とにかくここは
初見では面食らうパターン。
予習にも限界があるし・・・。

ただ、今回駐車した大仙公園が
本当に丸腰な人にとって、
起点にはなるので、そこの駐車場を狙うべし。
この手の「広域の名所」は
「ビジターセンター」という名の施設を狙うと
大抵上手くいく。そして、
1日で全て満喫しようなんて
決して考えてはいけない。

今回の約1時間の滞在で
即席で組んだプランは、
大仙公園起点に、公園内を時計回りで一周
園内にある古墳や施設をざっと見ながら、
公園北にある、最も特徴的な仁徳陵古墳と
その側にあるビジターセンターを観覧、
他、公園に隣接する2つほどの巨大な古墳も
併せて見る、という内容に留まった。

車で走ると、何十基も
そこそこ大きい古墳はある。
ただし、一個一個は
景観的には沼に囲まれた
木の小山という共通点くらいしかなく、
時間も限られるので、
大は小を兼ねるという考えで
大仙公園周りの百舌鳥古墳群一部だけの
周遊に留めた。

今は無知だから、どこまでいってもいかんけど
不思議な感じがした。
周りが都会すぎる景観も、とても不思議な感じ。

古墳は古墳でも、残り方は様々。
堀に水がある所もあれば、無い所もある。
ここに限らず、大抵は樹木に囲まれている。
ただし、巨樹は少ない。
元々、丘だったとこをアレンジした古墳もあれば、
平坦な状態から作り上げた古墳もある。
地元での暮らしでは、古墳といえば
近所の謎の小山か、石碑しか無い場所、
というちんけなイメージしか無かったので、
色々と違いを学べた。新たな見識を得れた。
いい歳になるまで、大きな公園を
あまりイメージ出来なかったのと似ている。

15時5分、散策終了。

次、堺から大津までの移動。
急いでいたので、詳細はし損ねたんだが
このルートも、三津〜堺間並みに
大渋滞していた。ここも本当に
しんどいドライブだった。
有料高速道路も、存在意義がある地区と思った。

17時50分、最後の目的地に到着。
ここはかなり、かなり、山。
スマホ地図でささっと見るだけでは
分からない。

岩間山(いわまやま)正法寺
滋賀県大津市石山内畑町82

ここは 岩間寺の大カツラ が目的。
うる覚えだが、蒲生の大クスの観覧の際
観光案内所でここの情報を知り、
帰り道の動線に近かったので、
寄ることにしてみた、と記憶している。

ここは山寺。名前の通りですね。
1速でないとキツい勾配の坂を
ひたすら登った上にある。
正直もうこの時期は、鬱蒼とした山は
17時50分は薄暗い。
そして人の気配も無い。

実際、ここは16時30分には
入山(入寺)終了だった。諦める。
通り道等で野鹿も見かけた。
それくらいの場所。

残念だったが、直ぐ車で下山をし
琵琶湖南岸を北に北上。
彦根・長浜・伊吹と越え、濃尾平野。
故郷へ。帰宅は22時過ぎ。

ああ、いよいよ終わったか・・・。
パソコン故障のストレスは引きずりつつも、
寂しいものがあった。充実感はとてもあった。
一般的なライフスタイルでは
なかなか出来ない40日の日本旅、
40歳にして、生涯の思い出となった。
知識ベースでしかなかった、日本のあらゆる事
少しでも実感ベースで自らの内に
宿らせることが出来た。これで海外に出ても
少しは日本人として恥ずかしく無くなったかなと思う。

帰宅後、淡々着々と荷物を片付けレストへ。旅は無事完了。

 

天気:曇~大雨まで

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